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「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」


―河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える―

  第7章 河川から流出した土砂と「砂浜海岸」(1/3)-第1節
2024/05/25
2023/09/27,08/02,07/10 2020/03/15,05/01.10/01,12/10,
2019/10/14,12/31 一部訂正

第1節 ダムの放流と海岸の砂浜


ダムと砂浜との関係
 ダムが出来たので、上流からの土砂の流下量が減少して海岸から砂浜が消滅したと、一般的に言われています。
 著者は、静岡の前浜海岸で砂浜を観察し考察していく過程で、波や潮流の実際について深く知る必要を感じたので、それらについて経験が多い地元の釣り人やサーファーの皆さんに質問を繰り返したことがありました。
 たまたまその中に外国人のサーファーが居たのですが、その人もやはり、上述の考え方を披露してくれました。そこで、この地で砂浜の元である土砂を海に流入させている安倍川には「貯水式ダム」は存在しない事を説明したところ、不思議そうな顔をしていました。多分、著者の説明が上手くなかったので良く理解できなかったのでしょう。日本語が巧みなそのサーファーは、もう一つ興味深い話をしてくれました。先輩から「波打ち際に注意しろ、波打ち際が最も危険だ」と教えられたと言うのです。私がその意味を理解したのは、それからずっと後の事です。

 上述の、ダムと海岸の問題に対する考え方は、日本だけでなく世界中で言われている考え方なのでしょう。確かに、日本中に多くのダムが建設されるようになってから、海岸から砂浜が減少し或いは消滅したことは間違いないでしょう。しかし、この考え方は間違いではありませんが正確ではなく、論理的ではない考え方だと言えます。
 上流に貯水式ダムが出来たので、流下する土砂量が減少していることは間違いありません。そのことによって、海へと流失する土砂が減少している事も事実でしょう。でも、だからと言って、それだけを理由に砂浜が侵食されていると考えるのは無理があります。

  第一に、海へと流出する土砂が砂浜を形成していると考えられる河川に「貯水式ダム」が無くても、砂浜は減少し或いは消滅しているのです。つまり、上述の考え方は全く正しいとは言えないのです。そんな河川は日本全国に多くある事でしょう。静岡の前浜海岸はその例です。
 第二に、「貯水式ダム」は全ての上流部に建設されている訳では無いので、「貯水式ダム」から土砂が流下しなくても、ダムが無い上流部からは土砂が流下しているのではないでしょうか。
 この二つの事柄から、著者は前述の考え方が必ずしも正確ではないと考えるのですが、それでもやはり、海岸の砂浜侵食の原因の一つは「貯水式ダム」にあると考えています。

「安倍川」から「三保半島」へと続く砂礫浜海岸
 河川から海へと流出した砂や砂礫が海岸に打ち上げられて砂浜海岸や砂礫浜海岸を形成しています。そして、多くの海岸で河口から遠く離れた場所にまで砂浜や砂礫浜が形成されています。
 ほとんど砂ばかりで形成されている浜辺を「砂浜海岸」と呼び、砂だけでなく石や砂利が混じる浜辺を「砂礫浜海岸」と呼びます。「砂」を排出している河川があるから「砂浜」が形成され、「砂と石」を排出している河川があるから「砂礫浜」が形成されています。
 但し、全ての砂浜や砂礫浜が、河川から排出されて海岸を移動する土砂によって形成されている訳ではありません。例えば、岸辺に崖が続いている場合や小さな湾の内部などでは、岸辺の崖の土砂が落下して拡散したり、湾内の小さな河川や降雨時にだけ水流が生じる沢などの砂や砂利が拡散して浜辺を形成していることが考えられます。
 一般的には、砂浜海岸と砂礫海岸とを分けることなく「砂浜」と呼び慣わしていますが、ここでは、それを区別して記述することにします。

 著者の地元の海岸は深い海底を持つ駿河湾に面しています。この海岸は静岡市駿河区の「安倍川」から清水区の「三保半島」の先端まで約20kmにも及ぶ長い「砂礫浜」海岸です。この海岸に土砂を供給している「安倍川」はその距離が短いながら「急流河川」で知られています。
 ですから、海へと流出する土砂には石も多く、「安倍川」近くの浜辺は全くの砂礫浜で、人の頭に近い大きさの石を見ることもあります。それに対して、天の羽衣で有名な「三保半島」は、昔は「製塩」を営んでいたこともあるほど砂が多い砂礫浜海岸だったそうです。
 この海岸線の半ばまでには、小さな流れが三つ流れ込んでいますが、それらは流域が狭く、長い海岸を形成するほどの土砂を流失させているとは考えることが出来ません。また、海岸の半ばから先には流れ込む水流は全くありませんので、長大な浜辺の土砂のほとんどは「安倍川」を起源としていると考えられます。但し、大昔には、海岸線の半ばにある久能山塊の土砂が海岸形成に寄与していたと考えられていて、久能山塊の海蝕崖の跡は「石垣イチゴ」の産地として有名です。

 この静岡の前浜海岸は、昭和40年(1965年)頃より急速に侵食され始めました。浸食は安倍川河口近くから始まり、次第に三保方向に向かってその区域を拡大し続けました。その結果、安倍川近くから三保半島までのほとんどの場所はコンクリートブロックが積み重ねられた海岸になってしまいました。また、それらの設置だけでなく、「安倍川」から大量の土砂が運び込まれ、海岸の全域に亘って施され来ました。この事業は「養浜」(ヨウヒン)と呼ばれています。それでも、海岸侵食が最もひどかった時期にはコンクリートブロック群を乗り越えた波が海岸線を走る国道にまで直接及んでいました。
 この海岸浸食が発生したのは、安倍川での砂利採取が過度であったためだと考えられ、砂利採取が全て禁止されてから、最近になってようやく海岸に砂礫が戻って来ました。浸食された渚から離れた離岸堤であったコンクリートブロック群の内側が、「養浜」によって砂礫浜に戻った箇所もあります。でも、その回復も長い距離のほぼ半ばまでで、三保半島の先端にまで回復が及ぶかどうか、或いは今後も回復傾向が続くかどうかは現在でも定かではありません。

 三保半島に至る半ばまでの区間の回復傾向は明らかですが、その先への回復はあまり進行していません。ここには何らかの問題が存在している可能性があります。また、河口から海岸への土砂移動についても、それが継続的に続いているとは思えない状況が見受けられる区域もあります。さらに、河口の様子からは、海岸への土砂移動が常に順調であるとは言い切れない状況も覗えます。(2024年4月初旬現在)

 著者がこの海岸の観察を始めたのは、丁度、海岸に砂礫が戻って来る時期にあたっていました。このことは全くの偶然でしたが、著者にとっては全く幸運な事でもあったのです。
 著者は、「安倍川」近くの浜辺で、目の前で実際に、砂礫が海岸を移動して行く様子を観察することが出来ました。そして、それに前後する砂礫浜の様々な状況についても観察することも出来ました。
 その結果、河川から海へと流出した土砂がどのようにして砂浜や砂礫浜を形成するかについて、実際の現象を元に論理的に説明できることが出来るようになりました。

 以下では、海岸の状況を実際に観察することによって知ることが出来た様々な現象と、それらに基づく「砂礫浜」や「砂浜」の形成とその浸食についての新たな考え方を記述しています。
 著者が知り得た現象やそれらに基づく新たな考え方は、「安倍川」とそれに続く海岸を観察して得ることが出来たものですが、日本中、世界中に共通している現象であり、共通して適用することが出来る考え方である可能性を考えています。
 観察の詳細は、写真や動画と共にWEB上にも記載しています。
 「安倍川河口から続く静岡の砂礫浜海岸(その1)・(その2)・(その3)」
(https://keiryuu.sakura.ne.jp/Keiryuu01/maehama21.html)
(https://keiryuu.sakura.ne.jp/Keiryuu01/maehama22.html)
(https://keiryuu.sakura.ne.jp/Keiryuu01/maehama23.html)

  ここでは、それらの現象や新たな考え方について説明します。

 従来からの考え方の問題点
 これまで、河川から排出された土砂は、海岸近くを流れる「沿岸流」によって移動した後に、海底から浜辺に打ち上げられると考えられることが多かったのです。しかし、この考えは間違いであるか、或いは、正確性を欠いていると考えています。
 この考えの問題点は、「沿岸流」について、具体的な説明がないことにあります。どこでどの程度の速度の「沿岸流」がどの位の土砂を移動させるのかほとんど不明である事です。土砂の移動の結果としての砂浜については説明が出来ても、その具体的な過程が不明です。特に、砂礫浜の大きな石が移動することについては、「沿岸流」の考え方ではほとんど説明出来ていません。

 例えば、前浜海岸の安倍川に近い浜辺には、安倍川から流出した握りこぶしほどの大きさの石が数多くあります。また、それよりも大きな石も珍しくありません。それらが海岸近くの海底を移動しているとしたら、その時には、強い流れの「沿岸流」が生じているはずです。このことは、河川での水流と土砂の移動を考えれば直ちに了解できる事です。
 握りこぶし程の石やそれより大きな石が海の底を移動している時には、その場所にはかなり速い水流があり、岸辺近くでも速い水流が生じているはずです。
 特に、前浜海岸は遠浅では無く急激に深くなっていますから、海底の早い水流は岸辺に近い位置で生じていなければなりません。その時の「沿岸流」の速さは、増水時に安倍川河口から海へと注ぐ水流の速さと同じかそれより早い位でなければならないのです。
  安倍川では握りこぶし程の石やそれより大きな石も海へと流出させていますが、それらは増水時に限って流出しているのであり、通常の流れがそれらの大きさの石を流出させているとは考えられません。
 河川には流れの方向に傾斜がありますが、海底にあるのは深い海底方向への傾斜です。多くの海岸で、深みに向かう斜面の傾きは、河川の下流よりも上流中流のそれに近いのではないでしょうか。そのような斜面を、深くに落ち込むことなく長い距離に亘って横切って石や砂が移動する。そんな事があるのでしょうか。

 確かに、前浜海岸は急に深くなっているだけでなく、潮流が強い時があり、そのために昔から遊泳禁止になっているのですが、増水時に安倍川河口を流れ出る水流と、同じ位に早い潮流があるとは聞いたことがありません。また、観察されたことも無いと思います。
 さらに、握りこぶし程の石やそれより大きな石が「沿岸流」によって海底を移動しているとしたら、その時にはそれらよりも多くの砂や砂利がより遠くにまで移動しているはずです。これは、河川での土砂流下と移動を考えれば納得できる考え方でしょう。
 それほどの土砂移動があるならば、土砂を移動させる「沿岸流」がある度に海底地形は明らかな変化を示していてもおかしくは無いのです。河川から遠方への土砂移動が「沿岸流」によるとする説明にはこれらの事柄への言及はありません。

 砂礫浜海岸に関してはもう一つの問題点を指摘出来ます。傾斜の大きい急深な海底を持つ砂礫浜の岸辺近くには、庇(ヒサシ)状に浅く続いた「ステップ」と呼ばれる土砂の堆積構造が形成される、との学説が海外から紹介されたことがあったと聞きます。
 つまり、本来急深な海岸であっても砂礫浜が形成されている浜辺では、岸から沖に向かって砂と石が堆積した浅い海底が存在していると言うのです。学説が紹介された時に、日本の砂礫浜海岸ではそのような地形は観察出来なかったので、日本と海外とでは砂礫浜の形成過程が異なっているとの主張がなされたそうです。

  以下に「ステップ」についてWEB上での検索結果を記載しました。

「富山湾付近の海底地形」
  「~しかし神通川から糸魚川にかけての沿岸部には陸棚はほとんど見られない。深海長谷の東側には何段かのステップ(平坦面)が見られる~」
出典 海上保安庁水路部「6 -14 富山湾付近の海底地形」
URL http://cais.gsi.go.jp/KAIHOU/report/kaihou41/06_14.pdf#search=%27%
E6%B5%B7%E5%BA%95%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%86%E3%
83%83%E3%83%97%E5%9C%B0%E5%BD%A2%27 
2018年11月22日引用

ステップ (植生)
 ステップ(ロシア語:степь stepʹ、ウクライナ語:степ step、英語:steppe)は、中央アジアのチェルノーゼム帯など世界各地に分布する草原を言う。ロシア語で「平らな乾燥した土地」の意味。ステップは植生や気候によって定義される。
出典「ステップ」フリー百科事典『ウィキペディア日本語版』
最終更新 2017年2月26日 (日) 12:08 UTC

 WEB上では海底地形の「ステップ」についての詳細な記述は見つける事ができませんでしたが、「ステップ」は海底における平坦な地形を表現していると考えられます。

 著者は、前述した砂礫浜海岸の「ステップ」の考え方を支持します。「ステップ」は砂浜海岸の遠浅の海底と同じ役割を果たしていると考えています。
 この事も河川での現象と同様に考えることが出来ます。石や岩が大きくて多い上流では急激な傾斜の川底が形成されますが、砂や小石が多い中流では傾斜が緩く浅いU字型の川底になっています。これと同じ状況が海岸の海底でも生じていると考えられます。
 土砂が砂ばかりであったならば、急激に深くなる海底にとどまり続ける事はできません。石が混じる砂礫だから、急激に深くなる海底であっても浅くて傾斜が緩やかな土砂堆積が可能になっているのではないでしょうか。
 もちろん、ステップは、遠浅海岸の浅瀬に比べて渚からの距離が短かく てその広さが狭いことも考えられます。

 著者は、砂浜海岸でも砂礫浜海岸でも、ほぼ同じ現象によってそれらの浜辺が形成されていると考えています。河口から海へと排出される土砂の大きさごとの比率は、河川ごとに異なるだけでなく、発生する増水の規模ごとにも異なっていることが考えられますから、砂浜海岸と砂礫浜海岸を区分する境界が明確に存在しているとは考えにくいのです。
  したがって、「砂浜」と「砂礫浜」の形成過程が全く異なっている事も考え難く、共通している或いはほぼ同じである可能性が大きいのではないでしょうか。まして、海外と日本とで砂礫浜海岸の形成と侵食の現象が全く異なっているとは考えられません。

                   

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