「なぜ、上流の水の流れは透明なのか」
―河川上流中流の土砂流下と堆積の規則性を考える―
第8章 荒廃した河川とその改善(2/2)-第2節
第2節 荒廃した河川を回復する
荒廃し続ける河川に自然を取り戻す
問題は、上流や中流の流れから、自然に生じている土砂流下と堆積の規則性による秩序が失われたことです。中でも「自然の敷石」と「自然の石組」が失われたことが最大の問題であると考えています。それらを取り戻すことが出来れば、その他の自然の土砂流下の規則性も取り戻せるはずだと考えています。
つまり、石や岩が多い流れでは普通であった「自然の敷石」と「自然の石組」を回復させれば、河川は自然に回復するのではないでしょうか。
建設してしまった砂防堰堤を改善する方法はすでに記述しています。ダムの放流方法も容易に改善できる事柄です。問題はコンクリート護岸の改善方法です。
この問題を解決する方法があります。それもごく容易な方法で問題が解決出来るはずです。
コンクリート護岸に自然の岸辺を取り戻す方法
「自然の敷石」と「自然の石組」は、それぞれの場所にある大きな石や岩が流下し難いことによって成り立っています。それらの石や岩は、特別規模が大きな増水や規模の大きな増水の時にしか移動しないのであり、それらの大きめな石や岩は岸辺に集まり易いのです。ですから、「自然の敷石」と「自然の石組」は岸辺に大きな石や岩が集まることによって自然に形成されている、或いは維持されていると考えています。
水の流れの中にある土砂は、その岸辺の状態から大きな影響を受けています。この事は、実際の河川上流や中流を観察すれば容易に納得できることです。岸壁の前の流れは、その底が砂や砂利である事が多く、「自然の敷石」や「自然の石組」を形成しません。でも、岸辺が石や岩である場所では、その前の流れは石や岩が多く「自然の敷石」や「自然の石組」が形成されている事が多いのです。
コンクリート護岸の前の流れは砂や砂利であることが多いのに対して、コンクリート護岸が無い岸辺の流れには石や岩が多く残されています。また、コンクリート護岸の前であっても、規模の大きな増水が発生したことが無く、大きめな石や岩が建設以前のまま岸辺に残されている場所では、流れの中にも石や岩が多く残されています。
「自然の敷石」と「自然の石組」を形成している石や岩は、時々の通常の増水によっては容易に流下する事が出来ないからそれぞれの場所にとどまっていたのであり、その事によって「自然の敷石」と「自然の石組」も成立していたのです。
これらの事を考えれば、「自然の敷石」と「自然の石組」を喪失し、荒廃した河川を回復させる方法は明らかだと言えます。
本来、それぞれの岸辺にとどまるはずだった大きな石や岩を岸辺にとどめ、それ以上に流下することを防げば、流下して来る多くの石や岩も岸辺の周囲にとどまる事が出来るようになると考えられます。
コンクリート護岸が設置された河川の岸辺に、杭を埋設して、周囲のなかで大きめな石や岩をその場にとどめます。岸辺に大きな石や岩がとどまることにより、その周囲や流れの中にも流下して来た石や岩がとどまり易くなります。
この時、重要な事は、岸辺にとどめる石や岩の大きさです。岸辺にとどめる石や岩の大きさは、増水があっても本来それぞれの岸辺にとどまるはずだった大きさの石や岩である必要があります。つまり、その大きさは周囲の中での大きめな石や岩でなければなりません。
岸辺にとどまるはずだった大きめな石や岩を見つけるのは簡単です。様々な増水によって流下移動する石や岩の大きさは、その大きさの変化に連続性があるので、その連続性から離れて大きい特別大きな石や岩は除外します。
特別大きな石や岩より小さな石や岩は、その大きさが少しずつ小さくなっていますから、杭によってとどめる石や岩の大きさは、数多くある石や岩の中での大きめな石や岩であれば良いことになります。水流中や河川敷にあるそれらの石や岩は大きくて目立ち数も少なくないので、見つけるのも容易だと言えます。
言い換えると、杭によってとどめる石や岩の大きさは、上流に至るほど石や岩の大きさが大きくなっている規則性の中での、それぞれの場所での大きめな石や岩であることになります。
この単純な工事によってとどめた石や岩の岸辺や、その前の流れの中にも「自然の敷石」や「自然の石組」が自然に形成されるようになると考えられます。この方法により、岸辺にも流れの中にも自然の状態を復活します。
この方法では、あらかじめ石や岩を設置することなく、杭をのみ設置する方法も可能です。この場合では、規模の大きな増水が生じて大きな石や岩が流下して来るのを待ち受けることになります。
石や岩をとどめる杭の間隔は、大きめな石や岩がとどまる間隔を保ち、同時に小さな土砂が最初にとどまる事の無い間隔である事が必要です。仮に、小さな土砂がとどまる間隔であったならば、上流から大きな石や岩が流下して来る前に小さな土砂がその場にとどまり、大きな石や岩がその場にとどまる事を妨げるでしょう。
その場にとどめる石や岩の大きさは、それぞれの水流それぞれの場所ごとに異なります。それは、土砂流下の規則性の現われが流れのそれぞれの場所ごとに異なっているからです。岸辺にとどまらせる石や岩の大きさがそれぞれの水流ごと、それぞれの場所ごとに異なる事は必然です。
したがって、とどめる石や岩の大きさは、杭を設置する場所にある石や岩の大きさ、或いはその場所の上流側や下流側にある石や岩の大きさを勘案して決めることになります。要するに、それぞれの場所にある大きめな石や岩であれば良いと考えられます。
実際の自然の岸辺を見ても、岸辺の石や岩の大きさや形が決まって一定である事は多くないのです。似かよった大きさで不揃いな形の石や岩が多くあり、それより小さなものや大きなものが不規則に混じっている事が普通です。
既に多くの石や岩が流下してしまった後の流れでは、杭を設置する時点での大きな石や岩をとどめる事になります。やがて、本来あったはずの大きな石や岩が流下して来た時に、それら新たな石や岩をとどめる杭を設置する方法が良いのではないでしょうか。
石や岩に似せた人造の石や岩を設置して、杭によってとどめる方法も考えられます。この場合では、新たに設置する人造の石や岩の大きさは、かつてその場所にあった石や岩の大きさである事になります。
この時、石や岩は自然のそれらの形状に似せることが必要です。コンクリートブロックの類を岸辺に設置している場所を見ることが多くありますが、それらの場所に自然の石や岩が混じって堆積している光景は稀にしか見る事がありません。幾何学的な形状の石や岩は自然の石や岩を排除する機能があると考えられます。
この方法ではコンクリート護岸をそのまま使用し続けることが可能ですから、コンクリート護岸の上に石や岩やその他の土砂が覆いかぶさっても、或いはコンクリート護岸自体に杭を打ち込む事も可能だと考えられます。
この工事方法の可能性
著者の提案では、石や岩をとどめる方法として杭を使用します。それに対して、石や岩をコンクリートで塗り固めてとどめる方法も考えられるのですが、その場合ではほとんど効果がありません。コンクリート護岸の表面に石や岩を埋め込む方法は以前より多く見ることが出来ますが、それらに耐久性の向上以上の効果は見られないようです。
また、大きな石や岩をコンクリート護岸に埋め込む方法も見ることがありますが、その場合でも特別の効果は見られません。そのようなコンクリート護岸でも、通常のコンクリート護岸と同じく、周囲の石や岩を流下させ小さな土砂による川底を形成しているだけです。
上流に見る岸辺の自然の岸壁の場合でも流れに対して平面的な形状の場所ばかりではありません。小さな凹凸があるのは普通であり、場所によってはそれらより大きな岬状や湾状の凹凸があり、複雑な水流を見せている事もあります。しかし、そのような場所でも、岸壁は周囲の石や岩を流下させて小さな土砂による川底を形成しています。
ですから、杭の替わりに石や岩をコンクリートで固めて固定する方法では、上流から流下して来る石や岩をその場にとどめ、新たな岸辺を形成させる事は出来ません。
新たな提案の方法は、護岸の前から岸辺の石や岩を流下させる事を無くします。
その場に大きな石や岩がとどまり、やがて、コンクリート護岸の水流側に自然の岸辺が形成され、流れの中にも「自然の敷石」と「自然の石組」が形成されるようになります。
コンクリート護岸の水流側に自然の岸辺が形成されるようになれば、水流は凹字型の流れからU字型の自然の横断面を回復します。強い水流が護岸の下部に直接当たる事が少なくなりますから、コンクリート護岸の耐用年数が経過しても、それを作り換える必要性が減少する可能性があります。強い水流が直接当たる護岸の下部が石や岩により保護され水深が浅くなれば、その上部コンクリート壁面に当たる流れも遅くなります。耐用年数が過ぎて風化したコンクリートにも草や木が生育し、或いは様々な生物の棲息に適した自然の環境も回復することでしょう。
著者が観察した限りでは、コンクリート護岸は多くの場所で、元々あった自然の水辺より少しだけ陸地側に建設されている事が多いようです。ですから、ほとんどの場合でコンクリート護岸の水流側に新たな岸辺が形成されたとしても、何ら問題が生じないと考えています。
但し、このことは、コンクリート護岸で囲まれた河川敷の広さを現状のままにとどめるべきであると主張するものではありません。かつて広い河川敷があった場所には以前の広さを取り戻すべきです。
また、コンクリート護岸に囲まれ、同じ幅の河川敷が長く続く場合であれば、河川敷が広がる場所を新たに設ける事も必要でしょう。そして、直線的な形状の岸辺を変更して、屈曲も、小さな入り江や岬もあり、その傾斜も様々な様相に変える工事も行うべきです。そうすれば、増水時の水流も場所ごとにその様相を変え、平瀬ばかりの単調な渓相も変化を生じさせ、多くの生物の生存可能性も向上します。
WEB上には、同じ幅のコンクリート護岸の中流部で、鉄砲水が長い距離を流れ下って来る動画が公開されていました。作成者の好意で公開されている「ゲリラ豪雨による鉄砲水」(兵庫県、千種川)を参照して下さい。
( https://www.youtube.com/watch?v=zRAi8t0P9mw )
新たな提案の方法は、コンクリート護岸が無い岸辺であっても有効です。土や砂やその他の土砂による自然の岸辺にこの方法を適用した場合では、全くの自然状態の岸辺の場合よりも短い期間で、治水機能と自然環境を保った岸辺を形成することも可能になります。
さらに、水流の脇に土砂の崩壊が生じている場所であれば、崩壊の場所から土砂の流下を防ぐだけでなく崩壊の拡大も防ぎます。
このような場所では、水流が崩壊場所の下部を侵食するので崩壊が止むことなく続くことが多いのです。でも、この方法によって崩壊現場の岸辺が侵食されなくなれば、上部の崩壊も自然に治まります。このような場所では、崩壊土砂中に大きな石や岩が含まれている事も多く見る事ができます。
荒廃した河川を回復する方法の問題点
この方法には欠点があります。問題を解決し、流域の全ての場所に自然を取り戻すには、長い年月を必要とするのです。大きな河川では多くの場合で、百年以上の年月が必要なことも予想されます。
この方法では、それぞれの場所での大きめな石や岩や、それより小さなその他の石や岩も必要です。岸辺にとどめるべき大きめな石や岩がなければこの方法は成り立ちません。しかし、元々あったそれらの石や岩は既に流下し、或いは河川の外に持ち出されています。
上流に多くの石や岩がある水流ならば、やがてはそれらの石や岩が流下して来る機会があることでしょう。でも、そのためには年月が必要です。
岸辺にとどまるべき大きさの石や岩は、特別規模が大きな増水や、規模の大きな増水の機会にしか流下して来ません。しかも、その時であっても、大きな石や岩の流下量は少ないのが普通です。数年に一度或いは数十年に一度の規模が大きな増水の機会であっても、流れて来る土砂の大部分は小さな土砂なのです。
上流側で、運悪く或いは運よく、土砂崩れや土石流が発生した場合でも事情はそれほど違いません。土砂崩れや土石流が発生しても、ほとんどの場合で、それらの土砂の大部分は小さな土砂です。それらの土砂の中で大きな石や岩が占める割合は多くありません。大きな石や岩だけが崩れたり流下して来る機会は少ないのが普通です。
これらの事情を考えると、都市近郊の小規模な水流が、昔の姿を取り戻すためにどれほどの年数が必要になるのか、全く想像もつきません。
この提案の方法であっても河川を自然の状態に戻すためには多くの年月が必要です。それでも、「砂防堰堤」や「コンクリート護岸」の工事の場合よりも好ましいことがあります。
「砂防堰堤」や「コンクリート護岸」の場合では、河川の治水状況と自然環境は年数を経るごとに悪化するばかりでしたが、この提案の方法では、年数を経るごとに少しずつであっても状況が改善していく事が予想されます。この違いは大きいと言えます。
一日も早くこの工事が実施されることを強く望んでいます。
新たな提案の方法については、同じWEB上で詳しく説明しています。 「河川上流中流と海岸を回復させるための新たな工事方法」をご参照下さい。
参考文献
本文中に直接掲載出来なかった参考文献及びWEBの記載は以下の通りです。それぞれの著者の皆さまに深く感謝致します。
「静岡の川−急流・暴れ川の大井川・安倍川・天竜川・富士川−」 (2014年)
著者 松本繁樹 発行所 静岡新聞社
「鮭はダムに殺された」 (2005年) 著者 稗田一俊 発行所 岩波書店
「川底の石のひみつ」 (2004年) 著者 稗田一俊 発行所 旺文社
「ダムの科学」 (2012年) 著者 一般社団法人 ダム工学会
近畿・中部ワーキンググループ 発行所 ソフトバンク クリエイティブ株式会社
「ダム撤去」 (2004年) 著者 科学・経済・環境のためのハインツセンター 訳者 青山己織 発行所 岩波書店
「ダムが国を滅ぼす」 (2010年) 著者 今本博健 +「週刊SPA!」ダム取材班 発行所 扶桑社
「水の土木遺産」 (2017年) 著者 若林高子/北原なつ子 発行所 鹿島出版会
「アフガニスタン用水路が運ぶ恵みと平和」(DVD) (2016年) 企画 ペシャワール会 制作 日本電波ニュース社
「九州農政局 山田堰(福岡県)」 https://www.maff.go.jp/kyusyu/seibibu/history/04.html
及びその他のWEB上の記載
日本地形学連合 地形 第32巻 第4号 437−457頁 「安倍川からの供給土砂量の増減に応じた静岡清水海岸の地形変化とその再現計算」 (2011年)
著者 石川仁憲・宇多高明・大橋則和・岩本仁志・三波敏郎・宮原志帆・芹沢真澄
「羽衣の松」と「三保松原」清水海岸ポータルサイト https://shimizukaigan.doboku.pref.shizuoka.jp/shiru/jgyougaiyou.html